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ニート系大学院生の書評

研究論文より本ばかり読んでいるニート系大学院生が、ジャンル問わずおすすめの本を紹介していきます。感想も書きます。

宮下奈都『窓の向こうのガーシュウィン』 たぶん、考えすぎてしまう人におすすめ

こんにちは!なんとか無事発表を終え、ロンドンに来ているたーすぎです!

初ヨーロッパです!!

ならブログなんか書いてないで色々みて回れよ、と思われるかもしれませんが、もう本当にその通りです笑

異国の地に来て普段と同じことをしてしまうのはなんとなく恐縮ですが、さっそく紹介に入らせていただきます。

今回は宮下奈都先生の『窓の向こうのガーシュウィン』(集英社)です。

 

 

窓の向こうのガーシュウィン (集英社文庫)

窓の向こうのガーシュウィン (集英社文庫)

 

 

 

あらすじ

主人公は、周囲の言っていることが理解できず、欠落感を抱えたまま何も望まずに生きてきた19才の女の子。

ある日彼女は、ホームヘルパーの仕事で訪れた家で、写真や絵に額をつける「額装家」に出会う。

「今」を切り取る額装家という仕事に惹かれた彼女は額装を手伝うようになり、額装家としてというより一人の人間として成長していくお話です。

 

余談ですが、本を買うとき職人が出てくるということは知っていたので、てやんでぇー、みたいな昔かたぎで、だけど熱い職人の話を想像していたが全然違いました。

たぶん、考えすぎてしまう人におすすめ

たぶん、と書いたのは正直この作品を完全に理解できていないと思うからです。

(他の作品を完全に理解できているかはとりあえず触れないでください……)

ただ、自他共に認める考えすぎ人間の僕が、この本を読んで少し救われた気がします。

僕がどれくらい考えすぎマンかというと、家から駅に向かうとき門を出て左側から行くか右側から行くか迷います。

 

少しタイプは違いますが、主人公の女の子はジェネライズ化するのが非常に苦手な少女なので、周りから「ばか」、もしくは難しく考えすぎだと思われています。

例えば、一面に咲くひまわりの花々を見たら、大抵の人は同じひまわりがたくさんあると認識すると思いますが、彼女の場合は一本一本異なる花がたくさんあると認識します。

 

このように物事をありのままの姿で捕らえるため、人の比喩などを理解するのが苦手で周りをいらつかせてしまいます。

しかし、それでも彼女を受け入れてくれる人がいる。ましてやそれを長所だと思ってくれる人も現れる。

考えすぎることって、回りをめんどくさがらせるだけではないんだ、と希望が持てます。

 

また、考えすぎてわけがわからなくなっても、ホントに大事なものにはきっと気づけるんだ、と感じさせてくれます。

 

女の子は、しばしば雑音と周囲の発言が区別できなくなります。

しかし、少女にとって大事なことは大きな音を持っており、雑音をかき消してしっかり女の子の耳へと届いてくれます。

ただ、このときに、聞こえないふり、つまり考えすぎているふりをしてはいけないとも書かれていると思います。

自分に当てはめると、別に左から行こうが右から行こうかなんて本当はただ考えているふりをしているだけで、外に出たくない気持ちから逃げているだけかもしれないということになりますね。

勝手に解釈しておいて耳が痛いです笑

 

今を切り取るということ

これまで書いたことだけですと、「とりあえず額装出てなくね?」と思われたかと思いますが、勿論そんなことはありません。

 

女の子の成長とともに、失くしたくない日々はどんどん過ぎ去っていきます。

それでも、彼女は額縁を通して「今」という点を切り取ることはできます。

そして、額縁を通し自分が生きている風景と調和させることで、そのときの気持ちを忘れてしまっても出来事自体は死なず、共に生きていくことができるのでしょう。

 

今感じたことは、今しか切り取れない。僕は額縁は作れませんが、文字という形で読後の感想を切り取ってみようと思って、せっかく海外にいる中でも書かせていただきました!

 

ちょっと理解しきれていない部分もあるかと思うので、読まれた方は是非感想教えていただきたいです!!